毎日の聖書8月8日〜
おざく台教会毎日の聖書 8月8日~
1日1章の聖書通読を用意しました。1日1章を読んでみてください。お手元に聖書がない方は、その日の冒頭に載せた一文だけで大丈夫です。みなさまの毎日の祝福を祈りつつ。
8月8日(月)ネヘミヤ記2章
18節「そして、私に恵みを下さった私の神の御手のことと、また、王が私に話したことばを、彼らに告げた。そこで彼らは、『さあ、再建に取りかかろう』と言って、この良い仕事に着手した。
」
神の都の再建は、危険で、苦労の多い、大変な仕事です。しかし、良い仕事なのです。神様のことしての歩みに、教会や奉仕に疲れることはありませんか?苦労は多いかも知れません。光が当たらず、称賛おされないかも知れません。けれど、それは尊い、良い仕事なのです。あなたがしているのが、神のための大切な善い仕事であることを、もう一度思い返してみてください。
「善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。」ガラテヤ6章9節
8月9日(火)ネヘミヤ記3章
15節「泉の門はミツパ地区の長、コル・ホゼの子シャルンが修理した。彼はそれを建て直し、屋根をつけ、とびら、かんぬき、横木を取りつけた。また、王の園のシェラフの池の城壁を、ダビデの町から下って来る階段のところまで修理した。」
神の都エルサレムの破壊された箇所が調べられ、犠牲や労苦を伴う復興工事が始まりました。信仰生活の復興もまた同じです。壊れた場所の修理は大変ですが、放っておいてはなりません。いま自分自身を省みて、信仰生活であなたが建て直すべき箇所はどこでしょう?取り組んでみて下さい。
「神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。」詩篇139篇23〜24節
8月10日(水):ネヘミヤ記4章
14節「私は彼らが恐れているのを見て立ち上がり、おもだった人々や、代表者たち、およびその他の人々に言った。「彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、自分たちの兄弟、息子、娘、妻、また家のために戦いなさい。」」
人は恐れるものによって、心や行動あ影響を受け、精神的にその支配下に入ります。あなたは何を恐れていますか?人や団体?病気や乏しさ?失敗や死?
たしかにそれらは恐ろしいでしょう。しかし、私たちには真に畏れるべき方がいます。恐れに満ちるときは、偉大で、恵み深い神に目を向けてください。神への畏れに支配されるとき、真の平安があります。
「神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。」コロサイ1章13節
8月11日(木)ネヘミヤ記5章
19節「私の神。どうか私がこの民のためにしたすべてのことを覚えて、私をいつくしんでください。」
労苦や犠牲、損ばかりのネヘミヤ。しかし、彼のした全ては神さまに覚えられ、「神様のポケットに入ったのです。」(渡辺和子)安心して下さい。あなたがキリストのためにした損は、神様に覚えられ、喜ばれています。
「 あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」マタイ6章4節
8月12日(金)ネヘミヤ記6章
12節「私にはわかっている。今、彼を遣わしたのは、神ではない。彼がこの預言を私に伝えたのは、トビヤとサヌバラテが彼を買収したからである。」
信仰的に飾られた言葉でも、神からのものとは限りません。私たちは信仰者から、様々な言葉を(時に聖書を引用して)受け取ります。けれども、何よりも大切なのはその言葉の背後にある、相手の意図です。神のことを思ってか、人間のことを思ってか、賢く見分けましょう。
また、あなたの口にする言葉はどうでしょうか?信仰的な言葉は、聖書の言葉は必ず、神への畏れと、人への愛を持って、用いて下さい。
「 わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。」ヨハネ10章27節
8月13日(土)ネヘミヤ記7章
2節「私は、兄弟ハナニと、この城のつかさハナヌヤとに、エルサレムを治めるように命じた。これは、ハナヌヤが誠実な人であり、多くの人にまさって神を恐れていたからである。」
指導者の、基準は最も、経験、容姿、能力、知識がある人ではなく、最も神を畏れでた人でした。誰でも何らかの指導的立場があり、責任があります。家庭で、職場で、教会で、あなたは神を畏れていますか?また、あなたが従うその人は神を畏れていますか?
「愛する者たち。私たちはこのような約束を与えられているのですから、いっさいの霊肉の汚れから自分をきよめ、神を恐れかしこんで聖きを全うしようではありませんか。」第2コリント7章1節
8月14日(日)ネヘミヤ記8章
14節「こうして彼らは、主がモーセを通して命じた律法に、イスラエル人は第七の月の祭りの間、仮庵の中に住まなければならない、と書かれているのを見つけ出した。」
神の言葉はすでに与えられていました。人間が忘れていただけでした。聖書には、私達に必要な全てが記されています。今日も聖書を開き、あなたに必要な、あなたが従うべき言葉を「見つけ出し」てください。そして、そのまま行動に移してみてください。
「みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。」ヤコブ1章22節
