毎日の聖書8月1日〜
おざく台教会毎日の聖書 8月1日~
1日1章の聖書通読を用意しました。1日1章を読んでみてください。お手元に聖書がない方は、その日の冒頭に載せた一文だけで大丈夫です。みなさまの毎日の祝福を祈りつつ。
8月1日(月)エズラ記5章
2節「そこで、シェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアは立ち上がり、エルサレムにある神の宮を建て始めた。神の預言者たちも彼らといっしょにいて、彼らを助けた。」
陰謀により中断していた神殿建設は、立ちあがった者の手により再開しました。あなたは恐れや心配の中で、諦めていることはありませんか?もう一度立ちあがってみませんか?その時、神もまた立ち上がり、あなたを助けてくださるのです。
「イエスは、道を通りながら、アルパヨの子レビが収税所にすわっているのをご覧になって、「わたしについて来なさい」と言われた。すると彼は立ち上がって従った。」マルコの福音書2章14節
8月2日(火)エズラ記6章
15節「 こうして、この宮はダリヨス王の治世の第六年、アダルの月の三日に完成した。」
ついに神殿の再建が完成しました。一度は完全に崩された神殿が再び建つ。それは、人の努力以上に、王の心さえ動かす神の業でした。あなたの働きが神の命令に基づいているなら、神は必ず成し遂げてくださいます。あなたも勇気を出して、立ち上がって下さい。
「その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。」イザヤ書9章7節
8月3日(水):エズラ記7章
10節「エズラは、主の律法を調べ、これを実行し、イスラエルでおきてと定めを教えようとして、心を定めていたからである。」
神殿再建の次は、民の信仰の再建です。律法に真剣に耳を傾け、実行するのです。神の神殿とも呼ばれる私達の内側は、あなたの信仰はどうでしょうか?罪や悪により支配され廃墟になってはいませんか?神の言葉により建てなおすべき場所はありませんか?祈り神様に聞いてみて下さい。神様は私達の内側の廃墟をも立て直してくださる方なのですから。
「まことに主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰めて、その荒野をエデンのようにし、その砂漠を主の園のようにする。そこには楽しみと喜び、感謝と歌声とがある。」イザヤ書51章3節
8月4日(木)エズラ記8章
31節「私たちはエルサレムに行こうと、第一の月の十二日にアハワ川を出発した。私たちの神の御手が私たちの上にあって、その道中、敵の手、待ち伏せする者の手から、私たちを救い出してくださった。」
エズラ記で繰り返される表現です。神の御心に従う者の上には神の御手があり、必ず助けや導きを体験します。あなたの信仰(思いこみ?)や意思(がんばり?)ではなく神の御心(キリストの御跡)に歩むことが鍵です。では、あなたの歩みはキリストに似ていますか?キリストに従うなら、神の御手はあなたの上にあるのです。
「 あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡
に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。」第一ペテロ2章21節
8月5日(金)エズラ記9章
15節「イスラエルの神、主。あなたは正しい方です。まことに、今日あるように、私たちは、のがれた者として残されています。ご覧ください。私たちは罪過の中であなたの御前におります。このような状態で、だれもあなたの御前に立つことはできないのに。」
神により捕囚から解放されながら、再び罪を犯す神の民。「不信の罪の張本人」(2節)に、私達の姿が重なります。日々罪過の中で御前にいる私達。けれど回復の道はいつも、謙遜から、悔い改めから、始まるのです。今日も悔い改めの心をもって、神様の前に出るところから、一日をはじめましょう。
「 神へのいけにえは、砕かれた霊。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」詩篇51篇17節
8月6日(土)エズラ記10章
12節「全集団は大声をあげて答えて言った。『必ずあなたの言われたとおりにします。』」
悔い改めとは、単なる反省や後悔ではなく、神に向き直ることであり、必ず行動が伴います。耳の痛くなるような聖書の言葉をしっかりと受け止め、「必ずあなたの言われたとおりにします。」と答えるのです。あなたはキリストから何と言われていますか?どう応えていますか?悔い改めとはいのちへの招きなのです。
「わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。──神である主の御告げ──だから、悔い改めて、生きよ。」エゼキエル18章32節
8月7日(日)ネヘミヤ記1章
8節「しかしどうか、あなたのしもべモーセにお命じになったことばを、思い起こしてください。『あなたがたが不信の罪を犯すなら、わたしはあなたがたを諸国民の間に散らす。あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの命令を守り行うなら、たとい、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、わたしはそこから彼らを集め、わたしの名を住ませるためにわたしが選んだ場所に、彼らを連れて来る』と。」
ネヘミヤは勝手な祈りではなく、神の命じられた言葉、神の約束に基づいて祈りました。あなたが重く受け止め、信頼すべき神の言葉は何ですか?その御言葉に基づき、祈ってみてください。。
「それは、偽ることのない神が、永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づくことです。」テトス1章2節
