毎日の聖書9月22日〜

おざく台教会毎日の聖書 9月22日~

1日1章の聖書通読を用意しました。1日1章を読んでみてください。お手元に聖書がない方は、その日の冒頭に載せた一文だけで大丈夫です。みなさまの毎日の祝福を祈りつつ。

 

9月22日(月)第1歴代誌1章

10節「二ムロデは地上で最初の権力者となった」

二ムロデは王国を築きますが、彼の支配地の一つはあのバベル、高慢の地でした(創世記10章)。力や地位自体は良いものかもしれませんが、それらはあくまで手段であり目的でないのです。本当の目的は、与えられたものを用いて、神の良いみ心に生きることです。力も、役割も、ただ神と人を愛するために、用いるのであり、そこに本当の幸いがあるのです。

 

「『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』、また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』とあります。」ルカ10章27節

9月23日(火):第1歴代誌2章

3節「ユダの子は、エル、オナン、シェラ。この三人は、カナンの女シュアの娘から彼に生まれた。しかし、ユダの長子エルは主の目の前に悪を行ったため、主が彼を殺された。」

イスラエル12部族のユダ族は、エルやオナンは神に打たれ、アカル(アカン)はイスラエルに災いをもたらします(ヨシュア記7章)。しかし、数々の悪事や失敗にも関わらず、ユダ族は、神の憐れみで、ダビデやイエスを生む部族となります。

同じように、欠けや失敗だらけの私たちにも、神の憐れみが注がれるのです。自分で自分を諦めないてください、神の憐れみは広く、大きく、そして深いのですから。

 

「主よ。まことにあなたはいつくしみ深く、赦しに富み、あなたを呼び求めるすべての者に、恵み豊かであられます。」詩篇86篇5節

9月24日(水)第1歴代誌3章

5節「バテ・シェア(バテ・シェバ)による子である。」

ダビデ最大の失敗は、バテ・シェバとの姦淫と、その夫ウリヤの殺害でした。それは厳しい報いを伴いましたが、そのバテ・シェバとの間に、賢王ソロモンが生まれ、やがて救い主イエス・キリストが生まれます。憐れみ深い神は、私達人間の醜さや汚れを避けるのでなく、その中に飛び込んできてくださるのです。

あなたの失敗すら、神は用いるのです。決して諦めないでください。

 

「主は、あわれみ深く、情け深い。怒るのにおそく、恵み豊かである。」詩篇103篇8節

9月25日(木)第1歴代誌4章

10節「ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。『私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。』そこで神は彼の願ったことをかなえられた。」

聖書で名はその人の人生を表すものであり、悲しみ、痛み、傷を意味する「ヤベツ」には暗い運命が予想されました。しかし、彼は祈りにより、神から祝福を受けたのです。過去に何があっても、状況や将来が暗く見えても、神への祈りは、あなたの生涯を変えるのです。

 

「ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」ヘブル4章16節

9月26日(金)第1歴代誌5章

20節「ハガル人およびこれとともにいた者はみな彼らの手に渡された。それは、彼らがその戦いのときに、神に呼ばわったからである。彼らが神に拠り頼んだので、神は彼らの願いを聞き入れられた。」

彼らが勝利した理由。それは、神に呼ばわったから、神に拠り頼んだから、とされています。あなたに与えられた力を存分に用い、同時に、神に呼ばわりながら、神に拠り頼みながら、今日の一日を過ごしてみてください。

 

「わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。」エレミヤ33章3節

9月27日(土)第1歴代誌6章

32節「彼らはソロモンがエルサレムに主の宮を建てるまでは、会見の天幕である幕屋の前で、歌をもって仕え、おのおのその定めに従って、奉仕を担当した。」

彼らは神のために、自分に定められた歌、という奉仕をもって精一杯仕えました。私達それぞれに与えられた、能力や賜物には違いがあります。しかし、神様の良いお心がこの世界に実現していくため、神様の愛と憐れみが豊かに現されるため、という目的は変わりません。

今日一日、神様の素晴らしさが、私達一人ひとりの賜物を通して、豊かに現されますように。

 

「あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。」第一コリント12章27節

9月28日(日)第1歴代誌7章

23節「その後、エフライムは、妻のところに入った。彼女はみごもって男の子を産んだ。彼はその子をベリアと名づけた。その家がわざわいのさなかにあったからである。」

深い喪失の悲しみを経験したエフライムの家、しかし、その系図を見ていくと、モーセの後継者ヌンの子ヨシュアの名が見つかります(27節)。私達の生涯が(そして、全世界の歴史が)一冊の本だとしたら、暗いページをめくる時もあるでしょう。けれど、その本は、愛と慈しみに満ちた方が記した素晴らしい物語なのです。暗い出来事の先には、神の回復もまたあるのです。

 

「まことに主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰めて、その荒野をエデンのようにし、その砂漠を主の園のようにする。そこには楽しみと喜び、感謝と歌声とがある。」イザヤ51章3節

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