毎日の聖書12月16日〜

おざく台教会毎日の聖書 12月16日~

1日1章の聖書通読を用意しました。1日1章を読んでみてください。お手元に聖書がない方は、その日の冒頭に載せた一文だけで大丈夫です。みなさまの毎日の祝福を祈りつつ。

12月16日(月)出エジプト記9章

35節「パロの心はかたくなになり、彼はイスラエル人を行かせなかった。」

「早く折れればいいのに・・・」災いの記事を読みながら何度も思いました。しかし、神の言葉をかたくなに拒み、自分や家族を損なっていくパロの姿にこそ、自分自身が重なりませんか?希望は、自分の思いにすがりつき握りしめることでなく、悔い改め神の御思いを受け入れた先にあるのです。

「わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。」イザヤ書55章6~7節

12月7日(火)出エジプト記10章

17節「どうか今、もう一度だけ、私の罪を赦してくれ。おまえたちの神、主に願って、主が私から、ただこの死を取り除くようにしてくれ。」

結局は背いてしまう、「空虚な悔い改め」です。人間は結局不完全な悔い改めしかできない存在です。しかし、完全な悔い改めが出来ないからこそ、空虚な悔い改めでも続けるのです。少しでも神に立ち帰り続けるのです。神はあなたが死に向かうのを喜ばないのですから。

「あなたがたの犯したすべてのそむきの罪をあなたがたの中から放り出せ。こうして、新しい心と新しい霊を得よ。イスラエルの家よ。なぜ、あなたがたは死のうとするのか。 わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。――神である主の御告げ。――だから、悔い改めて、生きよ。」エゼキエル18章31~32節

12月18日(水)出エジプト記11章

3節「主はエジプトが民に好意を持つようにされた」

人の心は、神のものです。好意の背後にも、敵意の背後にも、神のご計画があります。あなたに向けられた様々な感情、その背後には神のどんな意図や計画があるのでしょうか。それらに反応する前に、思い返して煮詰まる前に、一呼吸おいて、考えてみてください。相手の態度や言葉ではなく、その背後の神様に心を向けてみてください。

「王の心は主の手の中にあって、水の流れのようだ。みこころのままに向きを変えられる。」箴言21章1節

12月9日(木)出エジプト記12章

23節「主がエジプトを打つために行き巡られ、かもいと二本の門柱にある血をご覧になれば、主はその戸口を過ぎ越され、滅ぼす者があなたがたの家にはいって、打つことがないようにされる。」

滅ぼす者はエジプト人の家だけでなく、イスラエル人の家にも確かに来ました。すべての人は、罪という点で、神から離れ滅びゆく存在なのです。しかし、私達の代わりに流された犠牲の血によって、死と裁きが過ぎ越されるのです。私達はただ、キリストの尊い血によって、赦され、贖われ、救われたのです。

「今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。」ローマ5章9節

12月20(金)出エジプト記13章

8節「その日、あなたは息子に説明して、『これは、私がエジプトから出て来たとき、主が私にしてくださったことのためなのだ。』と言いなさい。」

民は出エジプトという神の救いの出来事を、次の世代に伝える役目がありました。私たちもキリストの十字架という救いを若い世代や子ども達に伝える役目が与えられています。祝福のバトンを渡すという大切な役割があるのです。身近な若者や子ども達のため、今、名前をあげて祈りましょう。そして、主があなたにどれほど良いことをしてくださったか、分かち合ってみてください。生きた証は、どれだけ長い説教よりも、心に響くのですから。

「『あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい。』 そこで、彼は立ち去り、イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、デカポリスの地方で言い広め始めた。人々はみな驚いた。」マルコ5章19~20節

12月21日(土)出エジプト記14章

14節「主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」

葦の海で民が絶望した時の言葉です。あなたが万策尽き、絶望した時、神はあなたに同じように語り掛けてくださいます。あなたの手にわずかな力しかない時も、あなたが何も出来ない時であっても、神は立ち上がりあなたのために戦ってくださるのです。絶望した先にも希望があるのは、私たちだけの特権です。

「この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる主の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。主はあなたがたとともにいる。」第二歴代誌20章17節

12月22日(日)出エジプト記15章

26節「わたしは主、あなたをいやす者である。」

私達の心や考え、生活には、過去の罪ゆえの多くの傷や後遺症があり、時に痛んだり、膿んだりして、今も私達を苦しめています。また、傷のある人は、他の人を傷つけてしまうものです。ケガをした子どもが泣きながら傷口を親に見せるように、人々がイエス様に押しかけたように、あなたの傷口を神様に見せてみませんか?私達の神様は、癒し主なのですから。

「多くの群衆がこれを知って、ついて来た。それで、イエスは喜んで彼らを迎え、神の国のことを話し、また、いやしの必要な人たちをおいやしになった。」ルカ9章11節

 

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