毎日の聖書10月7日〜
おざく台教会毎日の聖書 10月7日~
1日1章の聖書通読を用意しました。短い励ましの言葉と、それに沿った聖書から神様の言葉を添えました。みなさまの毎日の祝福を祈りつつ。
10月7日(月)ヨハネ黙示録 11章
15節「第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声々が起こって言った。『この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。』」
「王国」の正確な訳は「支配」です。神が支配する状態こそが神の国です。私達の心や生活で、神様に支配されていない、神の国を拒んでいる領域はないでしょうか?私の毎日に御国が来ますように、と、主の祈りを祈って、新しい週をスタートしてください。
10月8日(火)ヨハネ黙示録 12章
10節「そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。『今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現れた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。』」
悪魔・サタンはヘブル語で「訴える者」、「誹謗中傷する者」です。私たちに自分自身を責めさせ、隣人を責めさせ、神を責めさせます。悪魔の声に耳を傾け過ぎてはいませんか?人間を敵視し過ぎてはいませんか?私達の敵は人間ではなく、悪魔なのです。そして神は悪魔に勝利されるのです。
あなたを、人を、責める言葉でなく、あなたを愛し、人を慰める、神の言葉に耳を傾けてください。
10月9日(水)ヨハネ黙示録 13章
16〜17節「小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。」
かつて内村鑑三という有名な信仰者がいたのですが、教師でありながら天皇を十分に敬わなかったとして(不敬事件)として、たくさんの非難にあい、生活にも苦労し、その新郎も手伝って妻が流行病で亡くなったことなど思い出します。当時ほどでなくても、信仰は時に生活への不都合をもたらします。「試練とともに脱出の道も備え」(Ⅰコリ10:13)られますように。
10月10日(木)ヨハネ黙示録 14章
7節「彼は大声で言った。「神を恐れ、神をあがめよ。神のさばきの時が来たからである。天と地と海と水の源を創造した方を拝め。」」
天使が本当に畏れ敬うべき方を告げます。迫害の中でも、いや迫害の中だからこそです。素晴らしい物も、優れた人もあくまで被造物なのだと知ることが大切です。創造主は「わたし以外に、ほかの神々があってはならない。」(出エジ20:3)と言われたのです。
10月11日(金)ヨハネの黙示録 15章
4節「 主よ。だれかあなたを恐れず、御名をほめたたえない者があるでしょうか。ただあなただけが、聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが、明らかにされたからです。」
神を信じて何になるのか?、神に従うのは愚かではないか・・・そう言われた経験は何度もあるでしょう。しかし、それが間違いでなかったことが明らかになる日が来ます。「見ずに信じる者は幸い」(ヨハ20:29)なのです。
10月12日(土)ヨハネの黙示録 16章
15節「 —見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物を着け、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである—」
神が油断した時を狙って来られるという意味ではなく、人間が神の予告を無視し、備えず、油断し、好き放題しているから、いざ神が来られた時に、驚き慌ててしまうのです。今日神が再び来られてもよいような、そんな神に向いた心で歩めますように。
10月13日(日)ヨハネの黙示録 17章
14節「この者どもは小羊と戦いますが、小羊は彼らに打ち勝ちます。なぜならば、小羊は主の主、王の王だからです。また彼とともにいる者たちは、召された者、選ばれた者、忠実な者だからです。」。」
ヨハネは角、獣など当時の黙示文学に顕著な象徴的表現を用い、皇帝やローマ帝国による迫害にも最終的にキリストが勝利すると、信仰者を励ましました。事実、ローマ帝国は4世紀以降、キリスト教国となりました。やがて、キリストこそが王であることが、必ず明らかにされるのです。
