9月1日のメッセージ

おざく台教会2024年9月1日「たましいの糧⑭」

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<聖書> コロサイ人への手紙 2章13〜14節

 

「あなたがたは罪によって、また肉の割礼がなくて死んだ者であったのに、神は、そのようなあなたがたを、キリストとともに生かしてくださいました。それは、私たちのすべての罪を赦し、いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。」

 

<ファミリータイム>

6 ところでピラトは、その祭りには、人々の願う囚人をひとりだけ赦免するのを例としていた。7 たまたま、バラバという者がいて、暴動のとき人殺しをした暴徒たちといっしょに牢に入っていた。8 それで、群集は進んで行って、いつものようにしてもらうことを、ピラトに要求し始めた。9 そこでピラトは、彼らに答えて、「このユダヤ人の王を釈放してくれというのか」と言った。10 ピラトは、祭司長たちが、ねたみからイエスを引き渡したことに、気づいていたからである。11 しかし、祭司長たちは群集を扇動して、むしろバラバを釈放してもらいたいと言わせた。12 そこで、ピラトはもう一度答えて、「ではいったい、あなたがたがユダヤ人の王と呼んでいるあの人を、私にどうせよというのか」と言った。13 すると彼らはまたも「十字架につけろ」と叫んだ。14 だが、ピラトは彼らに、「あの人がどんな悪い事をしたというのか」と言った。しかし、彼らはますます激しく「十字架につけろ」と叫んだ。15 それで、ピラトは群集のきげんをとろうと思い、バラバを釈放した。そして、イエスをむち打って後、十字架につけるようにと引き渡した。

 

当時、祭りなどの際には、支配者であるローマ帝国は、属国ユダヤの囚人一人を開放する習慣がありました。ローマ総督は、ユダヤ人宗教家たちの策略を見抜き、恩赦の習慣を利用して、イエスを解放しようとします。けれど、宗教家たちは、人々に対して、バラバという囚人を解放し、イエスを十字架につけるようにと、扇動しました。イエスは十字架にかかり、バラバは十字架から救われたのです。

バラバは、暴動、人殺し、強盗、の罪であったと記されています。そう聞くと、恐ろしい人物とも読めますが(映画では悪魔的な人物として描かれていました。)一方で、ローマ支配への暴動ですから、ジャンヌ・ダルク的なユダヤ独立勢力の一員とも言えるかも知れません。バラバは、極悪人とも読めますし、彼なりの正義を持ち人々に期待された解放者とも読めます。その療法だっったかも知れません。私達もそうですが、見る立ち位置がが変われば、見え方が変わるように、一人の人に善悪の様々な側面があるように、バラバは私達を代表する存在とも言えます。

彼が何を感じたか、その後どのように歩んだかは何も記されていません。(もし後に回心したなら、聖書は何か触れるでしょう)けれど、4つの福音書は、全て彼の名前を記しています。

私達を暗示するバラバは、イエスが身代わりとなり、十字架から、死から助け出されました。私達がどんな人間でも、十字架にどう応答しようとも(たとえ無視しても)、キリストはバラバの身代わりに、私達の身代わりに、死を、呪いを、引き受けられた、私達はキリストの死により、生かされた、いのちを得た、そう聖書は語るのです。

<賛美歌「遠き国や」>

今日9月1日は、101年前に関東大震災(大正12年、1923年)が起こった日です。そして、今日歌った賛美歌「遠き国や〜揺れ動く地に立ちて〜」は、この関東大震災を受けて作られた曲です。

関東大震災の夜、ミッションスクールである青山学院大学には多くの被災者が避難してきます。立派だった建物は崩れさり、唯一残った体育館で、人々は余震に怯えながら、大きな蚊帳の中で、小さな1本のろうそくの明かりを頼りに、身を寄せ合い眠れぬ夜を過ごしていました。その夜、人々の樣子を見に体育館に入ったマルチン宣教師は、戸惑い、恐れ、失望する人々の中に、光り輝く十字架を見ます。(実際は蝋燭の光を蚊帳越しに見たため、光の具合で、十字架が輝いているように見えた)

どれだけ世界が揺らいでも、どれだけ私達が打ちのめされても、真の希望である十字架は、人々の真ん中で光り輝き照らしている、その時の情景から、この曲が生まれたそうです。

台風や地震といった自然の猛威は、小さな私達をあっという間に飲み込みます。災害だけでなく、事件や事故、病、様々な問題により、私達の健康は、経済は、仕事は、計画は、関係は、簡単に揺るがされ、吹き飛ばされ、崩れ去ります。

 

もちろん、それらが起こらないように、祈ることも大切です。けれど、苦難の中でも、けれどその失望に押しつぶされないように、そこからもう一度立ち上がるために、今日の賛美歌のように、今日の聖書の言葉のように、誰も、どんな出来事も私達から奪い去ることが出来ない、大切なことに目を向けたいのです。それは十字架です。

 

<揺るがされることが多かった教会へ>

パウロは、現在のトルコの中央部にかつて存在した、コロサイの街の教会にこの手紙を送りました。2023年2月に、トルコ・シリア地方で大きな地震がおき、5万人以上が亡くなりましたが、この地方は日本と同じで4つのプレートが入り組む地震のとても多い地域です。

それが、彼らの漠然とした不安につながったのでしょう。自分たちは呪われているのでは?、何かしなければ悪いことが起こるのでは?信仰を持った人ですら、他の様々な神々を拝もうとしたり、戒律主義に陥り一生懸命宗教活動をすることで救われようとしたり・・・不安や脅迫観念に突き動かされる姿がそこにはありました。

 

そんな不安や恐れの中にいるコロサイの人々に、パウロは、キリストがどれだけのことをしてくださったかを、十字架を繰り返し語ります。

「あなたがたは罪によって、また肉の割礼がなくて死んだ者であったのに、神は、そのようなあなたがたを、キリストとともに生かしてくださいました。それは、私たちのすべての罪を赦し、いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。」コロサイ2章13〜14節

 

他の神々でも、あなたの努力でもなく、十字架があなたを救うのだ。

人がどれだけ責めようが、それらは十字架に釘付けされたのだ

どれだけあなたが罪深くても、キリストが全てを負ったのだ。

これから救われるのではなく、あなたはもう十字架で救われたのだ。

あなたがたには、どんな時も十字架が有るのだ、そう恐れの中にある人に語るのです。

 

先日、祖母の見舞いに行きました。私にとって最初に出会ったクリスチャンであり、たくさんお世話になり、いつも祈り見守ってくれていた、感謝してもしきれない、尊敬する存在です。けれど、老いと病と薬とで、今までの祖母のようには過ごせません。

私は理系の人間であり、人にとって老いも病も自然なことだと、冷静に見つめられるはずでした。しかし、自分にとって特別な存在であった祖母だけに、動揺しました。揺るがされ、崩れさるような気持ちでした。

地震のような災害によって、老いや、病や、様々な問題によって、人は、築き上げ磨き上げてきたものも、順調だった歩みも、素晴らしかった関係も、力も、財産も、記憶や、意識さえも、崩れ去り、失われてしまうことがあるのだとあらためて思わされました。

 

けれど、ふと、十字架の箇所が浮かびました。人は、揺るがされ、変わってしまう。けれど、神は変わらない。十字架によって与えられたものは、何ものも、ゆるがし、崩すことは出来ない。私達が神に愛されたこと、キリストが私達のために死なれたこと、私達は罪赦され、永遠の命が与えられたこと、やがての死の後にも、天に迎えられること、十字架がもたらしたものは、永遠に残るのです。

 

実はパウロがこのトルコ地方のコロサイ教会への手紙を記してすぐの紀元60年すぎに大地震があり、街は壊滅的な被害を受けたことが記録として残っています。その時以来、コロサイという町の名は歴史の中から姿を消してしまいました。

信仰の有無にかかわらず、多くの人が命を落としたでしょう。人々が礼拝のために集っていた思い出の建物も崩れたでしょう。生き残った僅かな人々も、それぞれが避難して散り散りになり、教会としての集まりはおそらくできなくなったかも知れません。

 

けれど、十字架が成し遂げたことは変わらずに残るのです。命を失った人も天に迎えられ、生きながらえた人は、キリスト共にそれぞれの場でまた神の子として歩み出しました。
それらのひとの生涯は、十字架が成し遂げたことは、決して失われず、無駄にならないのです。

 

大切な何かが揺るがされた時、崩れ去った時、またはそのことへの恐れと不安に満たされる時、どうか思い返してください。どんなときにも私達には十字架が有るのだ、私達はすでに、赦され、愛され、救われ、素晴らしい約束が待っているのだと。

その安心と希望に支えられ、揺れ動く地を、勇気を持って日々歩んでください。

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