毎日の聖書8月12日〜

おざく台教会毎日の聖書 8月12日~

1日1章の聖書通読を用意しました。短い励ましの言葉と、それに沿った聖書から神様の言葉を添えました。みなさまの毎日の祝福を祈りつつ。

8月12日(月)テモテへの手紙第一 3章
3節「監督はこういう人でなければなりません。すなわち、非難されるところがなく、ひとりの妻の夫であり、自分を制し、慎み深く、品位があり、よくもてなし、教える能力があり、酒飲みでなく、暴力をふるわず、温和で、争わず、金銭に無欲で、4自分の家庭をよく治め、十分な威厳をもって子どもを従わせている人です。
教会の指導者としての資質が記されています。たしかに、これは立派な姿です。けれど、これでないと全くふさわしくないとか、文字通りこの通りにしなくてはということではないのです。2千年前の、トルコ地方の、わたし達とは全く違う背景の教会の指導者の一人として、こうあってほしいと言うのです。(もちろん今日にも通じるところは多くあります。)
わたし達は、外側だけを気にしないようにと、気をつけたいのです。 わたし達は、自分を偽ってまで、立派そうに、敬虔そうに、見せかける必要はありません(人はすぐに見抜きます)。見せかけの外側よりも、口先だけの言葉よりも、わたし達が普段どう生きているかが、周囲の人へのメッセージとなります。私達の歩みが、キリストの歩みに日々似せられていきますように。

8月13日(火)テモテへの手紙第一 4章
12節「年が若いからといって、だれにも軽く見られないようにしなさい。かえって、ことばにも、態度にも、愛にも、信仰にも、純潔にも信者の模範になりなさい。
パウロは若いテモテに対して、年齢、能力、信仰歴、状況、などを言い訳にせず、責務を全うするように教えます。
あなたも「信仰歴が短いから・・・」「知識がないから・・・」「賜物がないから・・・」「向いてないから・・・」と何かを言い訳にして、大切なことから逃げていたりはしませんか?テモテのように、ギデオンのように、今のあなたの力で、今のあなたの状況で、立ちあがってください。

8月14日(水)テモテへの手紙第一 5章
8節「もしも親族、ことに自分の家族の世話をしない人がいるなら、その人は信仰を否定しているのであって、不信者よりも劣っているのです。」
信仰ゆえに家族や親族から、厳しい扱いを受けることもあります。しかし信仰ゆえに、あなたのほうから家族や親族を軽んじてはならないのです。(それはイエスによって批判されたパリサイ人の姿勢ですし、行き過ぎると、カルト宗教と同じ誤りへとつながります。)
神を愛する人は、家族を、親族を愛するのです。

8月15日(木)テモテへの手紙第一 6章
7節「私たちは何もこの世に持って来なかったし、また何かを持って出ることもできません。」
 私たちは何かを手に入れようと夢中になります。それが幸せや満足につながると考えるからです。確かにそうかも知れませんが、行き過ぎると争いや戦争へとつながります。けれど、人を傷つけ、奪ってまで手に入れたそれらは天へと持って行くことは出来ないのです。
持たないものを数えるよりは、すでに与えられた恵みを数える時間をつくってみませんか?

8月16日(金)テモテへの手紙第二 1章

9〜10節「神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自身の計画と恵みとによるのです。この恵みは、キリスト・イエスにおいて、私たちに永遠の昔に与えられたものであって、 それが今、私たちの救い主キリスト・イエスの現れによって明らかにされたのです。キリストは死を滅ぼし、福音によって、いのちと不滅を明らかに示されました。
私たちは努力や知識、悟りや感情ではなく、神の恵みと選びにより救われました。私たちは「受け入れられていることを受け入れる。」(パウル・ティリッヒ)だけです。あなたはすでに愛され救われているのです。

8月17日(土)テモテへの手第二 2章

13節「私たちは真実でなくても、彼は常に真実である」

これは当時の讃美歌の一節とも言われています。私たちが不誠実でも、神は恵みの契約のゆえに私たちへの愛を変わらずに貫かれます。あなたは不変で永遠、無条件の神の愛の対象なのです。

8月18日(日)テモテへの手紙第二 3章

8節「また、こういう人々は、ちょうどヤンネとヤンブレがモーセに逆らったように、真理に逆らうのです。彼らは知性の腐った、信仰の失格者です。

2~7節を読み、何個が当てはまりますか?「私は信仰の失格者では?」と動揺しますか?しかし、本当の失格とは、自分こそは合格だ!と高ぶり、キリストの憐れみを拒むことです。わたし達は、自分を疑えるからこそ、キリストに頼れるのです。

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