6月29日のメッセージ
く台教会2025年6月29日「安息日の再確認、めぐみの再発見」マルコの福音書3章
<聖書>
1 イエスはまた会堂に入られた。そこに片手のなえた人がいた。2 彼らは、イエスが安息日にその人を直すかどうかじっと見ていた。イエスを訴えるためであった。3 イエスは手のなえたその人に「立って真ん中に出なさい」と言われた。4 それから彼らに、「安息日にしてよいのは、善を行うことなのか、それとも悪を行うことなのか。いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか」と言われた。彼らは黙っていた。5 イエスは怒って彼らを見回し、その心のかたくななのを嘆きながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。彼は手を伸ばした。するとその手が元どおりになった。
<安息日の意味>
最初にヨシタケシンスケさんの「そういうゲーム」という絵本を紹介します。では、教会は、礼拝にとって、なにが「かち」でしょうか?いろいろな理由や目的があって良いのですが、おざく台教会の、礼拝の、何よりの目的は「生まれてきてよかったと思える」ことです。
ある牧師さんが、教えてくれたメジャーリーグのダルビッシュ有投手の話をしてくれました。彼は父親が海外の出身であったため、いじめを受け苦しんでいました。「なんでお父さんはイラン人なの」と言ったことも、「ぼくは生まれてきてよかったのかなぁ」とつぶやいたこともあったそうです。
しかし、東北高校の監督は彼の入部前にチーム全員に彼の生い立ちを伝え、「彼が生まれてきてよかったと思えるようにしよう」と述べたそうです。「甲子園優勝してよかった」でもなく、「東北高校で野球がやれてよかった」でもなく「生まれきてよかった」を目標にしたのです。
甲子園の優勝はかないませんでしたが、甲子園最後の試合の後ダルビッシュ投手は両親に「帰ってから読んで。」と一枚のメモを渡したそうです。その中には、「産んでくれてありがとう。お父さんとお母さんの子どもでよかった。」と記してありました。ダルビッシュ投手はいくつかの失敗もしましたが、東北高校では監督そして、日ハムではクリスチャン監督に、能力以上にその存在そのものを尊ばれて、受け入れられ、歩み続けました。彼は監督やチームメイトの愛に支えられ、劣等感や過去の傷を乗り越え、自分の生を、生んでくれた両親を、肯定し受け入れることが出来たのです。それはもしかしたら、甲子園優勝よりも尊いことなのかもしれません。
その牧師は以下の様に述べています。「私はこれを読んで、差別・疎外・抑圧を受けていた人々を受け入れたイエス・キリストの交わりを覚えました。社会的タブーであった収税人や遊女との会食はその代表でしょう。その会食の席で生まれて初めて「生まれてきてよかった」と思えた者たちもいたに違いありません。キリストの体である今日のキリスト教会の交わりもそうであったらと願います。イエス様の交わりの同じように、差別・いじめ・体罰に苦しみ、「生まれてこなければよかった」と思っている魂に「生まれてきてよかった」と思ってもらえるような教会の交わりであったらと思うのです。この話から思ったのです。教会も「クリスチャンになるように」とか「救われるように」よりも「生まれてきたよかったと思えるように」の方が、キリストの体らしいのではないかと。
全くそうだなぁと思います。教会は、礼拝は、人が生まれて生きてよかったと思えるために、生きていても良いんだという思いと力を得るためにあるのです。そんな日曜礼拝の原型は安息日にあります。安息日(サバス)は、主に2つの目的があります。
1.神の創造。創世記で、神が世界を創造し、7日目に休まれたこと。つまり、自分は、世界は、神に造られたのだと覚えること。休むことは体験教材でもありました。
「1:31 神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。夕があり、朝があった。第六日。2:1 こうして、天と地とそのすべての万象が完成された。2:2 神は第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。2:3 神は第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。」(創世記)
2.神の救い。出エジプト(エジプトの奴隷生活の開放)以降、定められました。休むことが出来る、もう奴隷ではない、私は救われたのだ、ということを体験する日なのです。
「5:12 安息日を守って、これを聖なる日とせよ。・・5:15 あなたは、自分がエジプトの地で奴隷であったこと、そして、あなたの神、主が力強い御手と伸べられた腕とをもって、あなたをそこから連れ出されたことを覚えていなければならない。それゆえ、あなたの神、主は、安息日を守るよう、あなたに命じられたのである。」(申命記)
旧約聖書の民は、これを大切にし、様々な困難がある日々でも、神の創造と救いを覚えて、歩んでいきました。安息日は、身体を休め、神から心に生きる力や希望を得る、身体と心と魂の安息となるべき日です。
しかし、長い歴史を経て形骸化し、律法主義、教条主義に成り下がります。安息日は「●●までならしてよい。」「◯◯はしてはならない。」そんな伝統主義でがんじがらめになり、守れないなら、あなたは正しくない あなたは劣っている、そんな(今日の社会にも溢れているような)メッセージが、会堂に、安息日に溢れ、人を苦しめたのです。
今日の場面で、手が不自由な人が出てきます。そのようなネガティブなことは、当人の正しくなさに、罪深さに、責任があると考えられていました。ですから、会堂に来られない場合もあり、来ても片隅で小さくなっている。さらに、イエスがこの人を癒やしたらなら、安息日にしてはならないことをしたと、非難しようとする人までいて、イエスに注目していました。
様々な伝統、価値観、決まり事、それらをしなやかに飛び越えて主イエスは言うのです。
3節:イエスは手のなえたその人に「立って真ん中に出なさい」と言われた。
片隅に置かれた人、光の当たらない人、端の方で目立たないように座り込んでいた人、その人を真ん中へと招くのです。もし誰かが何らかの理由で、見下されれ、小さくなり、片隅に追いやられていたとしたら、それは本当の主イエスの教会ではない、本当の礼拝ではないのです。本当の礼拝は、痛む人、悲しむ人、傷や罪のある人こそが、真ん中に呼ばれ、尊ばれるのです。
そして、問います。4 それから彼らに、「安息日にしてよいのは、善を行うことなのか、それとも悪を行うことなのか。いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか」
キリスト教も、「ねばならない」「してはならない。」で溢れていないでしょうか?伝統は大切です。けれど、ある時・ある状況での神への応答が、この時・この状況で神と人を愛することにつながるとは限らないです。キリストは言われました。2章27節「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません。私達も気をつけていたいのです。教会が、礼拝が、人間に必要だからこそ、わざわざ神が備えたのです。人間が教会のために造られたのではないのです。
安息日が、負担や労苦になるなら、ぜひ教えてください。安息日に、礼拝以外の善があれば、そちらを大切にしてください。神様が人の思いを超えて大きな方であることを忘れないでください。神の願いは、私達が創造と救いを、神の愛を喜ぶことです。
5 イエスは怒って彼らを見回し、その心のかたくななのを嘆きながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。彼は手を伸ばした。するとその手が元どおりになった。
神の創造が、神の救済が、この人に向けられているのだと示す出来事です。今まで虐げられていた人が、心から生きていることを喜べた瞬間であり、神の心はこのように虐げられた人とともにあるのだ、と分かる瞬間でした。
安心していられる教会、生きていてよかったと思える教会、そのような場であることだけに、何より心を注いでいきましょう。神と出会う、神の愛を体験するために、人が妨げがないように気を配りたいのです。
神に愛された自分は生きていてもよいのだ、愛の神がともにいるので明日も生きてみよう、そう思えたら「かち」、なのです。
<安息日の補足>
ユダヤ教において、安息日には2つの大切な意味があります。
1.神による創造
創世記1〜2章で、神が世界を創造し、7日目に休まれた。自分は、世界は、神に造られたのだと覚える意味があります。
「1:31 神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。夕があり、朝があった。第六日。2:1 こうして、天と地とそのすべての万象が完成された。2:2 神は第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。2:3 神は第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。」(創世記)
2.神の救い
安息日への言及は、モーセで有名な出エジプト(エジプトの奴隷生活の開放)の後からです。(アブラハム・イサク・ヤコブ・ヨセフなどには命じられていないのです。)
エジプトでの奴隷状態、苦役から開放された、これからは休むことが出来る、もはや奴隷ではない、救われたのだ、という神の救済の出来事を、休むことで体験する日なのです。
「5:12 安息日を守って、これを聖なる日とせよ。・・5:15 あなたは、自分がエジプトの地で奴隷であったこと、そして、あなたの神、主が力強い御手と伸べられた腕とをもって、あなたをそこから連れ出されたことを覚えていなければならない。それゆえ、あなたの神、主は、安息日を守るよう、あなたに命じられたのである。」(申命記)
<安息日の理解>
出エジプト以降、安息日を守るように非常に厳しく命じられます。それは異教との関わりを断つ意味でも重要でした。安息日含めた律法を蔑ろにする=(イコール)異教礼拝に走るを意味する、そんな時代だったのです。
けれど、ユダヤの民は、安息日も律法もないがしろにし、転落の道をたどり、紀元前6世紀のバビロン捕囚によって祖国と神殿を失います。
すると今度は、律法を軽んじたことを深く反省し、安息日ごとに会堂(シナゴーグ)に集い、聖書を解釈し、新しい時代や状況において、安息日など律法を守るとはどういうことかを議論し、徹底的に行動していきました。バビロン捕囚を契機に、神殿中心から会堂中心へ、祭司中心から学者中心へと、変化しました。
それは神を、神の律法を大切にしようとする良い心で始まりました。けれど、「伝統とは死んだ人間の、生きた信仰であり、伝統主義とは生きた人間の、死んだ信仰である。」(歴史学者ペリカン)という言葉の通り、次第に形骸化し、律法主義、教条主義、前例踏襲主義に陥り、「〇〇してはならない」「●●であらねばならない」といったルールや決まりに成り下がりました。
聖書には「安息日の距離」、という表現がありますが、1キロ程度です。そこまでなら歩いても良しとされました。
<今日の安息日>
本来安息日は土曜日(金曜日没から、土曜日没まで)です。しかし、初代教会は、ユダヤ教との差別化や、キリストの復活や現れた日曜日だったこともあり、日曜日に集うようになりました。
曜日の習慣は引き継ぎませんでしたが、神の創造と救済を覚える習慣は、しっかりと引き継がれています。
正教(オーソドックス)の礼拝は、神の創造、救済などを全て表現するために、とても長くかかります。(現在は簡易礼拝が主です)
