4月6日のメッセージ
2025年4月6日「聖餐の再確認、めぐみの再発見」
<ヨハネの福音書6章>
8 弟子のひとりシモン・ペテロの兄弟アンデレがイエスに言った。9 「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。しかし、こんなに大ぜいの人々では、それが何になりましょう。」10 イエスは言われた。「人々をすわらせなさい。」その場所には草が多かった。そこで男たちはすわった(欄外注・直訳:からだを横にした。)。その数はおよそ五千人であった。11 そこで、イエスはパンを取り、感謝をささげてから、すわっている人々に分けてやられた。また、小さい魚も同じようにして、彼らにほしいだけ分けられた。12 そして、彼らが十分食べたとき、弟子たちに言われた。「余ったパン切れを、一つもむだに捨てないように集めなさい。」13 彼らは集めてみた。すると、大麦のパン五つから出て来たパン切れと、人々が食べたうえ、なお余ったもので十二のかごがいっぱいになった。
35 イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。・・・
53 イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。54 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。
<変化の中で>
春になりました、新年度です。学年が進み、人や場所の移動があり、出会いや別れ、変化を実感する季節です。新しい生命がいっせいに芽吹くような感動があり、桜が散りゆく姿に、過ぎ行かず変わらないものはない、ことを実感する時期です。
私達は変化の中にいます。起こりえないと考えていた戦争が始まりました。国同士の対立は深まり、経済や暮らしも先行きは決して明るくはありません。悪い方向への変化は、私達を不安にさせます。
このヨハネの福音書を読む人々は、厳しい変化の時代を生きました。ローマ帝国の力は絶大で、服従しなければ苦難と死が待っています。実際、エルサレムは紀元70年にローマによって滅ぼされました。
皇帝によるキリスト教への迫害は激しくなり、信仰ゆえに、生活が脅かされ、食べ物を得るにも苦労し、運が悪ければ闘技場で、獣の餌か火あぶりの見世物になる・・・ヨハネ福音書はそんな時代に記されました。5千人の給食の、乏しく、力なく、途方に暮れる、そんな弟子たちの姿は、迫害下の教会の姿とも重なるのです。
『わたしがいのちのパンです』、というキリストの言葉は、そのような不穏な時代、悪い方向へと移りゆく時を生きる人々への励ましとして、記されました。不安も多い時代、新しい年度を、いのちのパンを受ける聖餐式で始められることを嬉しく思います。
<聖餐式の意味:神の養いを思い起こす>
弟子たちも、初代教会も、私達も、自分の欠乏を補うのに日々精一杯です。他の人の必要を満たすような、力も、物も、心の余裕もありません。けれど、イエスは言います。「どこからパンを買って来て、この人々に食べさせようか。」(5節)
そんなの無理です。私達が持つのは、少々のパンと魚だけです。それが何になりましょう。弟子たちは口ぐちに、自分たちの足りなさ、欠乏を訴えます。けれど・・・
10節「イエスは言われた。『人々をすわらせなさい。』その場所には草が多かった。そこで男たちはすわった(欄外注「直訳:からだを横にした。」)」
そして、わずかなパンと魚を増やし、乏しい時代の人々はおそらく人生ではじめて『十分に食べ』、パンは『十二のかごいっぱいに』余ったのです。イエス様はそのうえで、『わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。』と言ったのです。
この奇跡には見落とされがちな言葉があります。それは『その場所には草が多かった』と『すわった』という言葉です。そこは草が多かったのです。そして、ただ座ったのではないのです。この言葉(ギリシャ語アナピプトー)は、英語ならばリクライニング、食事のためゆったりと身体を横たえる、といった意味の言葉です。
困窮したものが、緑の草の上に、身体を横たえ、食事にあずかる、それは交読文でも読んだ詩篇23篇の情景です。『主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。』この羊飼いは、死の陰の谷を歩む時も共にいて、敵の前で、困難の中で、食事を備える、そのような方です。
私達は、困難に遭う、乏しさも経験する、それでも神が共にいて、私達を横にならせる。守り、養い、くつろがせ、満たす、と言うのです。そして、私達が「十分に食べ」た時、12のかごを満たされたパンを見出すのです。神は、欠乏と不安の中にある私達を、憩わせ、満たすどころか、他の人に与えることができる力さえ、注ぐというのです。
最後の晩餐の席でイエスがパンを裂いた時も、その後教会での聖餐式の時も、弟子たちはこの出来事を思い出したでしょう。初代教会は、欠乏の中でも、病人に、みなしごに、未亡人に、道で倒れる人に、寄り添い、助け、分け与えていった。彼らの友となり、共に食卓を囲んだのです。そして、その姿によって、人々は信仰に入っていきました。私達は聖餐式のたびに、欠乏や恐れの中にあっても、養ってくださる神に目を向けるのです。
<聖餐式の意味:天の祝宴を覚える>
イエスは、私達が飢えない、渇かない、必ず満たすと、約束しただけではありません。その後で、54節『わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。』と、時代が厳しさを増す中で、永遠について告げます。
そして、最後の晩餐の席では、あらためて言うのです。マルコの福音書14章『22 それから、みなが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、彼らに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしのからだです。」23 また、杯を取り、感謝をささげて後、彼らに与えられた。彼らはみなその杯から飲んだ。24 イエスは彼らに言われた。「これはわたしの契約の血です。多くの人のために流されるものです。25 まことに、あなたがたに告げます。神の国で新しく飲むその日まで、わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」』
イエスは再び、天で食卓を囲むと約束したのです。この食事は、やがての天の食事、祝宴につながっている。変わりゆく時代の中でも、変わらない天国がある。キリストの身体であるパン、キリストの血である葡萄液を飲むものは、天のいのちを、永遠の命をもっているのだ、そう約束するのです。
聖餐式とは、天の祝宴という希望の告白でもあります。初代教会は、迫害の嵐が強くなる時代の中でも、カタコンベと言われる、地下道や地下墓地の中で、パンを裂き、聖餐式を行うことで、希望を告白しました。
様々なものは変わり行き、過ぎ去り、私達の生涯も、決して永遠ではない。けれど変わらないことがある。私達を羊飼いである神が、今日も明日も私達と共にあること、そして、天での祝宴が私達を待っていることです。
新しい年度も、この希望に支えられ、パンと葡萄液を受けることでこの希望を新たにし、変わらないものを握りしめて歩み出したいと思います。
<聖餐式に関する補足資料>
●最後の晩餐と過越の食事
イエスが最後の晩餐で記念していたのは、出エジプト記に記されている過越の食事です。紀元前1500年よりもっと前、ユダヤの民は、エジプトで奴隷状態になっていました。神がモーセを選び、エジプトから約束の地カナンへと連れ出そうとします。
しかし、エジプト王パロ(ファラオ)は認めず、10の災いがエジプト全土を襲います(イナゴ、カエルなど。)そして、最後の災いは、人から家畜に至るまで、長男の死でした。それを逃れる手段として、子羊をほふり、その血を門柱に塗りました。そして、発酵させない(エジプト脱出を急いでいる証拠)パンを食べました。この出来事を通して、エジプト王もとうとう折れ、エジプト脱出が成し遂げられたのです。
それ以来ユダヤの民は、この救いの出来事を記念し語り継ぐ体験教材として、『過越の食事』(ペサハ)をするようになりました。メニューにも意味があり、苦菜はエジプトでの苦役、子羊は過越の犠牲、種無しパンは緊急脱出、ワインは自由・感謝などを表しています。
イエスは、最後の晩餐の席でこの食事に、パンは割かれるご自身の身体、ワインは十字架で流される血、という新しい意味を与えたのです。
マルコの福音書14章『22 それから、みなが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、彼らに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしのからだです。」23 また、杯を取り、感謝をささげて後、彼らに与えられた。彼らはみなその杯から飲んだ。24 イエスは彼らに言われた。「これはわたしの契約の血です。多くの人のために流されるものです。
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。』(ヨハネ6:53〜58)
イエスの肉と血は、『世の罪を取り除く神の小羊。』(ヨハネ1:29)の犠牲は、私達を罪と死の支配から解放し、本当の約束の地へと連れ出すのです。
●ユーカリスト
初代教会は、聖餐式のことを、ユーカリスト、と『感謝』を意味する言葉で呼びました。言葉の成り立ちは、『良い』(エウ)+『恵み』(カリス)です。
●聖餐停止?
キリスト教国の伝統において、『陪餐停止』といって、何か大きな過ちがあった場合、暫くの間、聖餐式に与らずに、自己反省の期間として過ごす、というものがあり、改革派神学の『教会戒規』(正確な翻訳は教会訓練)に、定められています。
これは、ただの罰ではなく、教会がその人に厳しい姿勢を示すので、他の人はその人を批判してはならず、その期間が終われば、その人は元通りの扱いを受け、周囲は決して余計なことを言ってはならない、という本人の信仰と社会的地位の回復のために、行われました。
しかし、中世のキリスト教国だからこそ成り立つ伝統であり、今日の日本で、別の教会に簡単に行ける状況において、うまく機能するのは非常に稀です。
また、聖書的根拠がありません。第一コリント11章27〜29節が理由とされます。
『もし、ふさわしくないままでパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。 ですから、ひとりひとりが自分を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。 みからだをわきまえないで、飲み食いするならば、その飲み食いが自分をさばくことになります。』
しかし、この箇所は、その前の文脈を読めば、罪を犯した人に対しては言われていないのです。
教会の高慢な人が、自分たちだけで飲み食いし、酔っ払い、貧しい人たちはお腹を空かせ恥ずかしい思いをしている、そのことを指摘し、教会に上下関係を持ち込み、貧しい人たちが軽んじている”正しい”、”立派な”人達にたいして『ふさわしくないままで』とパウロは叱っているのです。
キリストの十字架は罪人のためであり、罪あるものはすすんで聖餐に預かるべきです。ただし、自己義認し、高慢なままで、キリストの身体に与ってはならないのです。
聖書に根拠を見出しうる教会訓練があるとしたら(初代教会の出来事を、今日にも適用することを神が望んでいるかは要検討)、訓戒(マタイ18:15〜17)、除名(テトス3:10、第一コリント5:11)の2つだけです
●2つの聖礼典(サクラメント)
カトリックは7つですが、プロテスタントは、洗礼と聖餐とを聖礼典として定めています。
カトリックでは、この聖餐式のことをミサと呼びます。プロテスタントは聖書のメッセージが礼拝の中心なのに対して、カトリックは聖餐式が中心です。聖餐式のない礼拝はありえないのです。
プロテスタントは、聖職者が足りずに、教会を巡回して月に1度聖餐式を行うのがやっとでした。その習慣から、現在も月に1度が目安となっています。
●宇宙での聖餐式
人類で最初に月に辿り着いたアポロ11号。月面に降り立った飛行士は、アームストロングとオルドリン。「静かの海」に着陸した後、、オルドリンは一人聖餐式を行い、アームスロトングは静かに見つめていました。

