11月24日のメッセージ
『神の主権とその恵み 』第一サムエル記1章26〜29節 斎藤義信信徒説教者 2024年11月24日 おざく台キリスト教会
「ハンナは言った。『ああ、祭司様。あなたは生きておられます。祭司様。私はかつて、ここのあなたのそばに立って、主に祈った女です。この子のことを、私は祈ったのです。主は私がお願いした通り、私の願いをかなえてえてくださいました。それで私もまた、この子を主におゆだねいたします。…」1サムエル1章26節~29節
開きました1サムエル記はBC1000年前後、今より3000年以上前の出来事で私たちには昔の聖書のお話しでありますが、神はその昔から現在の私たちと同じように働いておられ、脈々とその流れを通して神にある私たちクリスチャンの生き方が反映させてくださっています。3000年の昔に神はすでに選ばれたイスラエル国にどのように介入され、導いておられたのか、その歴史のひもを解きながら現代の私たちにも同じ恵みと愛をもって関わってくださる神の主権とその恵みと言う点から学んでいきたいと思います。
(牧師補足:現代の中東にあるイスラエル国家は、この旧約聖書のイスラエルを念頭に名付けられました。しかし、名前こそ同じですが、古代イスラエル国家を形成したユダヤ民族に与えられた役割は、全ての異邦人を含めた教会に、キリストを信じる人々に引き継がれており、全くの別物であるというのが、伝統的な理解です。
キリスト教の一部が、親イスラエル的(又は過剰行為にさへ口出しできない)というのは、ユダヤの経済的影響力、ホロコーストという歴史、ここ100年ほどで生まれたディスペンセーション神学、などのいくつか理由があります。
また仮に、現在のイスラエル国家と旧約聖書のイスラエルとに何らかの連続性があったとしても、その設立過程や現在ふるまいから、神の心を表現しているとはいえない、と考えています。)
この1章はやがてイスラエルの歴史上最大と言われた祭司サムエルの誕生にまつわる事柄が記されています。サムエルの母はハンナでありました。ハンナの夫はエルカナ、そしてエルカナにはハンナの他にもう一人の妻ペニンナがおりました。これは当時、まだイスラエルが王政国家でなかった時代に諸外国との関係の中での考えられる一つの文化であったと思われます。そしてエルカナにはペニンナによる子供があり、ハンナには子供がなかった、というストーリで始まっています。実はこのハンナについては、1/5節「…主は彼女の胎を閉じておられた…」とあります。神の意図があったということです。
(決して全ての場合とは言えないのですが、時に・・・)神様は私たちにとって決して祝福、恵みとは思えない様な内容も実は、それを通して更に大きな御心を表そうとするための過程の中での試練として与えられることがあります。
(このハンナの場合は)「主が彼女の胎を閉じておられた」というのです。そして彼らの習わしでは毎年夫婦共々主の宮であるシロに上り、いけにえを捧げて主を礼拝していたのでした。しかしハンナの心はいつもこの時期だけに限らず、心が塞ぎ、苛立っていました。それは自分に子供がいなかったからであることを聖書では語っています。
「ハンナのいらだちと解決」
ある年の宮参りの日、いつものように家族一同出かけた先で食事の後、ハンナだけ宮に残り悶々とした祈りを主にささげていました。そこには時の祭司であるエリが宮の片隅に座り、耳を傾けていました。そのやり取りが1/9~述べられています。ハンナの祈りです。11節「そして誓願を立てて言った。『万軍の主よ。もし、あなたが、はしための苦しみをご覧になり、私を心に留め、このはしためを忘れず、男の子を下さるなら、私はその子の一生の間、主にお渡しします…』」と祈りました。彼女は何度も主の前に祈ってきていました。しかし、この時の祈りは「誓願を立てて…」あるように心を注ぎ出して祈ったと言うのです。共同訳聖書では「終身請願」ということで一生のうちに一度ないしはの祈りであるとあります。この彼女の祈りの状態を祭司エリはその祈りの言葉を聞きながら推測すると酩酊状態であると思い彼女に言っています。それほどまでに映る祈り方をしていたのでしょう。体を揺らし、うつろな目をしていたのでしょうか?しかし、彼女は祭司エリの言葉を遮るように自分の祈りを説明した後でエリは彼女に向って言いました。17節「安心して行きなさい。イスラエルの神が、あなたの願ったその願いをかなえてくださるように」そう言って送り帰しました。そのあとのハンナは晴れやかな気持ちになり、自らが変えられて食事を摂り、シロから帰って行ったと記されています。これはハンナは祈った神、に「委ねきった」という姿勢を示しているのです。そして祭司エリの言葉が追い打ちをかけました。
私は40歳後半頃に1年ほど単身赴任で兵庫県の淡路島に行きました。関西空港の地盤の基礎固めということで足掛け十数年を要した工事のためでした。現場の仕事も忙しかったのですが、上の者と下の従業員の板挟みでうつ病を発しました。それで半年ほど休職しましたが、もうれ以上休めないということでその後に本社に出向きました。ちょうど昼時でしたが、事務方の女子事務員に一言「斎藤さん、早く出てきて、仕事いっぱいたまっているから…」と言われてくよくよしていた頭の中の霧が、気持ちが晴れて行き、その一言が復帰のきっかけになりました。何気ない他人の一言が救いのきっかけになるということがあります。祭司エリの「安心していきなさい。」これはシャロームというヘブライ語で「平安、平和」」と言う意味ですが、ハンナは主の前に心を注ぎだしてすべて主に委ねきったという気持であったと同時に祭司エリの背中を押してくれる言葉によって彼女は今までのすべての思い煩いから解放されてのではないかと思います。
ハンナはその後、エルカナによって身籠り、子を産んでいきました。あまりにも簡潔に聖書は書かれていますが、ここには信仰者ハンナがいかに現実の中で自分に葛藤しながらいたかということを、また主はいついかなる時にも私たちの傍に居てくださり、具体的に知ることのできる神様の存在を教えられます。このハンナの祈りの姿勢を見て行きたいと思います。
「ハンナの祈りと実践」
彼女はどのような事でもあるいはどのようなところでも祈っていたと思います。私の恩師がかつてこの様な事を言っていたことを思い出します。「私は電車の持ち時間、吊革につかまっている時、ぼぉっーと何もしでいない時に家族のこと、友人の事、仕事のこと…ハンナが声にならない声で祈っていたように祈る、と言っていました。私たちクリスチャンの恵みはいつどのようなところでもハンナが祈っていたように祈ることができるということであると思います。しかし、私たちは時に祈りやあるいはクリスチャン生活のあり方を画一化していることはないでしょうか?クリスチャンとはこうあらねばならないとか、信仰者ならこうすべきだ、と言う事を知らず知らずのうちに築いてしまっている。
私は学生時代にクリスチャンになりました。それまでは全くクリスチャンという人のイメージは持っていませんでした。ただ信仰を持ってから第三者が普通に判断するクリスチャンのイメージは清らかで誠実、まじめで非の打ちどころのない人たちというイメージのように聞くことがありました。しかしそれが律法主義を招き、クリスチャンの必然性のように捉えてくることがあるように思います。ヨハネ伝8/32節でイエス様は「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」と言われました。私たちはクリスチャンとしてこの世に生活する上で納得のいかないこと、当然と思われることが否定されたり、拒否されて困ってしまうことも多々あります。でもそれでも主に祈りながら最善を主に期待しながら歩むことが時として必要です。そのために祈りがあり、どこにおいても祈る、祈れるということではないでしょうか。
ハンナはいらだちながら、絶望感を持ちながらも祈り続けました。そして子が与えられると徹底して祈った通りのことをしていきました。1/21夫エルカナは、家族そろって、年ごとにいけにえを主にささげ、自分の請願を果たすために上って行こう誘いましたが、22節ハンナは夫に、「この子が乳離れして、私がこの子を連れて行き、この子が主のみ顔を拝して、いつまでも、そこにとどまるようになるまでは。」と言って、上って行かなかった。」と記され、その通り乳離れするまで育み、乳離れするまで留めておきました。夫のエルカナも「23節あなたの良いと思う通りにしなさい…」と言って受け入れてくださいました。やさしい旦那さんです。お互いに信頼を置いていたのでしょう。
そしてハンナは今日の聖書の箇所の通りに主の下に乳離れしたサムエルをお預けしました。彼女は徹頭徹尾に主のために仕え、最も大事な子供を主のためにおささげなさった。彼女の信仰です。2章の初めにハンナの祈りが出てきますが、決して信仰を律法的に捉えず、喜びと感謝をもって使えるところにクリスチャンの姿があります。
私たちの歩みがまた自由にされたものとして祈り、感謝をもって今週も歩んでいきたいと思います。

