毎日の聖書5月4日〜

おざく台教会毎日の聖書 5月4日~

1日1章の聖書通読を用意しました。1日1章を読んでみてください。お手元に聖書がない方は、その日の冒頭に載せた一文だけで大丈夫です。みなさまの毎日の祝福を祈りつつ。

5月4日(月)詩篇86篇 

15節「しかし主よ。あなたは、あわれみ深く、情け深い神。怒るのにおそく、恵みとまことに富んでおられます。」

神は、私たちに対して憐み深く、情け深く、私達の身勝手さや愚かさにもかかわらず、いつも忍耐してくださっています。では、神の民であり、神の似姿に造られた私達はどうでしょうか?今日一日、十字架の赦しを胸に刻み、憐み深さと赦しをテーマとして歩んでみてください。

 

「あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。」(ルカ6:36)

5月5日(火)詩篇87篇

4節「わたしはラハブとバビロンをわたしを知っている者の数に入れよう。見よ。ペリシテとツロ、それにクシュもともに。これらをもここで生まれた者として。」

 これらの国々は、イスラエルの敵国です。神の愛は神に敵対する国にまで及ぶのです。私達は、勝手に神の愛の広さと深さを制限していないでしょうか?無神論の方にも、異なる宗教の方にも、あなたが嫌う人にも、十字架の愛は、向けられているのです。

 

「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。 しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ5:43~44)

5月6日(水)詩篇88篇

18節「あなたは私から愛する者や友を遠ざけてしまわれました。」

 人間は、家族や友など共同体の中で「共に」生きるように造られました。しかし、コロナの影響もあり人との関わりが制限されています。しかし時に、神と「共に」生きることを学ぶために、孤独が与えられることがあります。孤独を機会とし、他の誰でもなく神に、あなたの心や思いを語りかけてみてください。 

 

「苦難の日にはわたしを呼び求めよ。」(詩篇50:15)

5月7日(木)詩篇89篇

9節「あなたは海の高まりを治めておられます。その波がさかまくとき、あなたはそれを静められます。」

 神が全てを治めているならなぜ?私達は、今回のような疫病の時、また地震・台風等の災害時、神の愛を疑います。しかし忘れないでください。創造の前の大水(創1:2ユダヤ人にとっては混沌の象徴)に、神が御手を伸ばし秩序を与え今の世界が保たれています。あなたの今日一日があるのも、神の愛の御手のゆえなのです。

 

「そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません。 また、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。 だから恐れることはありません。」マタイ10:28~30

5月8日(金)詩篇90篇

12節「それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください。」

 長寿をはじめ力や富を誇り合う人間、しかし、永遠で無限の神の前でそれらが何の意味を持つでしょう。

しかし、もし、私達が与えられた日々や力を、神と隣人のために用いるなら、それらは永遠につながります。主キリストがそうだったようにです。私達の労苦や忍耐、へりくだりは、決して無駄ではないのです。

 

「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。」(マタイ16:26)

5月9日(土)詩篇91篇

15節「彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。」

 信仰の有無に関わらず、私達は困難に遭ったり、幸福を享受したりします。ある人は良い事ばかり、私は苦労ばかり、と感じ、うらやましくなる時もあるでしょう。しかし、そんな時思い出してください。全ての人にとって、本当の幸いとは、神が共にいてくださることです。今あなたは、幸いを得ているのです。今日がどんな一日でも、神は共に歩んでくださいます。

 

「強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」(ヨシュア記1:9)

5月10日(日)詩篇92篇 

14節「彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。」 

 年齢や状況により、自分は力を失い、もう何もできない、そう思ってはいませんか?アブラハムは75歳、モーセは80歳で、神様に呼ばれました。彼らが特別だったから?いえ、彼らも弱い人間であり、加えて力や自信を失う年齢でした。 あなたがどれだけ弱くても、あなたと共にいる方は力強い方です。年齢、知識、才能、財力、人脈・・・それらは確かに、大切かもしれません。しかし、神が共にいるからこそ、あなたは祝福の泉、実を結ぶ存在、となれるのです。このことを信じますか? 

 

「若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ40:30~31) 

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