毎日の聖書4月27日〜
おざく台教会毎日の聖書 4月27日~
1日1章の聖書通読を用意しました。1日1章を読んでみてください。お手元に聖書がない方は、その日の冒頭に載せた一文だけで大丈夫です。みなさまの毎日の祝福を祈りつつ。
4月27日(月)詩篇79篇
10節「なぜ、国々は、『彼らの神はどこにいるのか。』と言うのでしょう。」
歴史を通し信仰者に投げかけられてきた言葉です。戦争の時、災害の時、人々が困難に直面した時、この声はさらに大きくなります。 しかし、そういう人は大切なことを見落としています。神は不幸を遠ざけ、幸福だけを運んで来る人間にとって都合の良い召使いのような神ではありません。むしろどんな状況でも、共にいて守り支えてくださる良いお方なのです。神が今も私達と共にいてくださるということは、まぎれもない事実です。では、私達はそれが周囲に伝わるくらい、共にいてくださる方と親しく歩んでいるでしょうか?
「主ご自身がこう言われるのです。『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。』」(ヘブル13:5)
4月28日(火)詩篇80篇
19節「御顔を照り輝かせてください。そうすれば、私たちは救われます。」
祝祷でも用いる民数記6:24~26にある通り、神が私達にその御顔を向けてくださること、これこそが祝福です。 「自分はまた罪を犯した」「自分には愛される価値はない」そんなふうに考え、主イエスを裏切ったペテロのように自ら神の御顔を避けていませんか?キリストの十字架のゆえに、神はいつでもあなたに御顔を向けてくださっています。安心して、神の御顔を見つめてください。そこには溢れるばかりの愛と憐みが見えるのです。
『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。 主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』(民数記6:24~26)
4月29日(水)詩篇81篇
10節「あなたの口を大きく開けよ。わたしが それを満たそう。」
巣のヒナのように、池の鯉のように、一生懸命糧を求める。神に対してそのような期待をもって向かっているでしょうか?神が満たしてくださるという約束がすでにされているのです。諦めず、妥協せず、信仰の口を大きく開けて、神に祈り求めてみてください。
「私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。」(ヨハネの手紙第一5:15)
4月30日(木)詩篇82篇
3~4節「弱い者とみなしごとのためにさばき、悩む者と乏しい者の権利を認めよ。弱い者と貧しい者とを助け出し、悪者どもの手から救い出せ」
さばきとは、神だけでなく私達信仰者も担うものです。神の造ったこの世界に、罪で歪んだこの世界に、正義を実現するのは、私達信仰者の大切な務めです。
一方、教会は歴史を通し、さばきや正義という名目で、弱者や違う信仰の方を虐げてきたのも事実です。今日一日、罪人として遜りつつ、キリストの歩みに倣い、痛む人に寄り添い、神のさばきの業を担ってみてください。
「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。 互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。 だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。」(ローマ12:15~17)
5月1日(金)詩篇83編
2節「今、あなたの敵どもが立ち騒ぎ、あなたを憎む者どもが頭をもたげています。」
「神の敵」と聞いて誰やどこの国を思い浮かべますか?それらの人々を神はどう見ておられるでしょう?もしあなたが敵や悪とみなす人がいたとしても、その人の背後には、彼らを惑わす悪魔がいます(エペソ2:2)。そもそも神が敵意を置かれたのは、蛇(悪魔・罪)と人との間であり(「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。」創世記3:15)、人と人との間ではないのです。神は彼らを愛し、憐れんでいるのです。神を否定する言葉や態度をとる人々が、悪魔の支配から自由になるよう、とりなして祈ってください。
「ある人々が疑いを抱くなら、その人たちをあわれみなさい。 ほかの人たちは、火の中からつかみ出して救いなさい。また、ほかの人たちは、肉によって汚された下着さえ忌み嫌い、神を恐れつつあわれみなさい。」(ユダの手紙1:22~23)
5月2日(土)詩篇84篇
6節「彼らは涙の谷を通り過ぎるときも そこを泉の湧く所とします。」
涙の谷(日頃の困難や苦悩)の中で、心も身体も涸れ果ててはいませんか?あなたの内には、すでに泉(ヨハネ4:14)があることを思い返してください。今日、時間をとって、その泉から、いのちの水を汲んでみてください。
「わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」(ヨハネ4:14)
5月23(日)詩篇85篇
2節「あなたは、御民の咎を赦し、彼らのすべての罪を、おおわれました。」
失敗をした時、正しく歩めなかったと感じる時、心が神に向かない時はありませんか?神が怒っていたり、神から責められたりするのではと、目や心を背けたくなりませんか?それは神への誤解です。神は罪を嫌われますが、それらの罪は十字架により赦し、あなたを愛し続けている方です。どうぞ安心して神に心を向け、大胆に神に祈ってください。
「子よ。あなたの罪は赦されました。」(マルコ2:15)
